貫光について

「貫光」の「貫」とは時間を、「光」とは宇宙空間、大自然を意味する。
日本国土の中央に横たわる中部山岳立山連峰の大障壁を貫いて、
富山県と長野県とを結ぶことにより、
日本海側と太平洋側との偏差を正して
国土の立体的発展をはかり、
もって地方自治の振興に寄与せんとする
わが国に比類なき立山黒部の大自然と
古くから伝わる山岳信仰の歴史を尊重して、
この地域を 「立山自然麗嶽殿」 と称し、
これをひろく世に紹介し国民創造力涵養の道場たらしめんとする
という高邁な理念をもって
創業者佐伯宗義社長が社名を「貫光」と命名し、
立山各社共通の企業理念としたのである。
創業者 佐伯宗義
佐伯宗義は、明治27年2月、富山県の立山山麓に生を享け、立山の大自然を師とし、「自然は器、人は水である。自然こそ人類の母体をなし、この自然の器にもられた人は水の如く方円の器に従いながら流転し、そして永遠の真理を求めるものである」という人生観をもち、その生涯を、政治家として、事業家として、また独創的な考えを理論体系化した学者として、幅広い分野にわたって地域の振興発展にささげた。
その理念とするところは、常に中央集権を排除し、地方自治の独立を図ることにおき、事業展開もまたこの理念に基づき、昭和の始めより富山県内の交通網の整備充実に尽くした。さらに、立山黒部アルペンルートを畢生の事業とし創業から完成に至るまで、その主導的役割を果たして来た。昭和56年8月、87歳の天命を終えた。
